in my life

趣味についてひたすらアウトプットしていきたい

死と未来を考える40代の葛藤

なんで急にブログを書こうと思ったのか。

Twitter(「X」って書くのが正しいのだろうが今更慣れないので)やInstagramに疲れたということは最初に書いたが、それ以上に40歳を過ぎて数年、「死」について考えることが多くなってきたからだ。

去年の夏かな。もともとそんなに外出するのは好きではない僕だが、それでも夏にはカミさんを連れて近所の花火大会に必ず行っていた。でも、去年はカミさんがちょうど地元に帰っていたので、花火大会に行かなかった。そのときは「まあ来年行けばいいや」と思ったのだが、冷静になってみると、40歳を過ぎた僕にとって、夏はあと40回くらいしか来ないことに気付いた。漠然とあと200回くらいあるものだと思ってたのに(何年生きるつもりなんだw)。

酒もタバコもやる僕にとって、あと40回夏を迎えられれば良い方か?──そのときに初めて「いつの間にか人生の折り返し地点に到達している」ことに気付き、急に「死」が現実的に感じられた。

何の漫画で読んだんだったかな?「人は死んでも物語となって生き続ける」って。子供は親から会ったこともない曾祖父やそのまた祖先の話を聞き、それを子供に伝えていく。うちの先祖は漁民だったそうだ。亡くなった祖父は古典文法の学者だった。しかし、僕ら夫妻には子供がいない。実兄夫妻にも子供がいない。そう、僕ら一族の物語は僕らの代で終わってしまうのだ。

そう思ったら急に怖くなった。僕が甲本ヒロトだったら、子孫を残さなくてもその物語は何百年も生き続けるだろう。でも、僕には何もない。──ならせめて何かを残したい。ふとそう思ったのだ。

はてなブログだっていつまでサービスが続くかわからない。そもそも全く無名の僕のブログなんて何人が読んでくれるかもわからない。でも、もしかしたら誰かがこのブログを読んでくれて共感してくれれば、少なくともその人の中に僕の物語の一部がほんの少しでも残るかもしれない。

これが僕が急にブログを書きたくなった理由。

以上